2002/2/20(Wed)

　西帰浦のワールドカップスタジアムのサブグランドは、スタジアムから車で10分くらい。スタジアムを見下ろす山の中腹にあります。山を切り崩して作られたと思われる広々とした土地に、グランドが2面。プレス用の部屋、シャワールームなどの設備も整い、W杯では中国がキャンプに使うという話です。

　グランドの外に巡らされた高い柵の向こうに、遊歩道。その先は崖になっていて、遊歩道に立つと、W杯のために作られた帆船を思わせる大きな屋根を持ったスタジアムと、その向こうに広がる海、それに海に浮かぶ台形のような独特の形をした小さな島が見渡せます。

　午後3時少し前、隣のグランドでは、練習を終えた水原三星の選手たちが引き上げていきます。アントラーズの選手たちは、ストレッチを始めています。

　2日前は、ものすごい風が吹き荒れていたこのトレーニンググランドも、今日は風も弱く、快晴の空に淡く半月が浮かんで、ポカポカとしたのどかな天気です。グランドのすぐ側にしつらえられた背もたれのないベンチに、日本から取材に訪れた記者たちと2〜3人の見学者が、一緒に座って練習を眺めています。その中に混ざるように、ファビアーノ選手も座っています。昨日の試合で、足を気にしながら途中交代したファビアーノ選手。どうやら、ランニングも無理なようです。

　空いたベンチに足をかけてストレッチをする選手たち。ストレッチが終わると、昨日の試合にスタメンで出場した選手たちは軽く走り始めます。中1日で3試合というハードなスケジュールで、2試合を消化した選手たち。昨日、ハーフタイムで交代した熊谷選手の姿はありますが、柳沢選手の姿は見当たりません。

　15〜20分ぐらいのジョギングで、スタメン組の今日の練習は終了です。満男選手は、すぐにベンチに置かれたクーラーボックスのところに行って、水分補給をしています。

　30歳を少し過ぎたくらいに見えるフロントの方と、パス交換をし始める満男選手。アントラーズの練習場では見かけたことのない方ですが、ボールを蹴りながら話が弾んでいるようで、満男選手の大きな声が、途切れ途切れに聞こえてきます。「まだできる年じゃん」。「マジで?!」。TVのインタビューでは聞くことのできない生きのいい声です。

　パス交換にルールを決めて勝負をしていたようで、満男選手は勝って大喜び。フロントの方は本気で悔しがっています。何か賭けていたに違いありません。その後もパス交換を続ける2人。満男選手は、ポーンポーンとリフティングしたりもしています。気持ちのいい日差しの中で自由にボールを蹴れることがうれしいという様子で、ハードスケジュールの最中とは思えないほど表情も晴れやかです。

　攻撃陣と守備陣に別れて、ボールを使った練習を続けているサブ組の若手が、そのフロントの方に「水取って〜!」と大声で叫びます。急いで水を持っていくフロントの方。なかなかに忙しそうです。

　一人になった満男選手は、ボールを椅子にして座り、攻撃練習を眺め始めます。セレーゾ監督の指導の下、シュートを打つ選手たち。ゴールの向こうは崖で、遠くから眺めていると、ボールが柵を越えて、はるかに海まで飛んでいってしまいそうです。満男選手は、しばらくすると立ち上がって練習を眺め続けます。

　少し離れたところで、熊谷選手、隆行選手、本山選手も話をしながら、のんびりと練習を見ています。

　アウグスト選手とブラジル語で何かいいつつ、体をぶつけてじゃれ合っていた秋田選手は、アウグスト選手がストレッチを初めると手持ちぶさたになって、突然、満男選手に近づくと、足元のボールを奪おうとします。それに気づいて、必死で防ぐ満男選手。2人で、格闘のようにボールを奪い合います。秋田選手は、後ろから満男選手の体を引っ張ったり、激しいプレー。満男選手もムキになって体をぶつけ、ボールをキープしようとします。二人の様子を、周りの選手たちは面白がって見ています。

　秋田選手を後ろに背負って、ボールをキープしたままくるりと回転した満男選手が、大きな声で「ジダーン!!」と叫ぶと、本山選手から声が飛びます。「ジズー!　ジズー!」。「ジズー!」と、本山選手が何回も繰り返して囃し立てる中、2人は、1対1を続けます。満男選手はフェイントに失敗して悔しがったりもしています。繰り返される対戦に、満男選手の叫び声が上がります。「ジダン対デサイー!」。「ジダンの勝ち!」。本当に楽しそうな満男選手です。

　秋田選手との、取っ組み合いのようなボールの奪い合いが終わると、満男選手は、遠くに置かれた給水のボトルを取りに歩いて行きます。少し歩いて立ち止まり、じっと離れたところに置かれた2つのボトルを見比べる満男選手。どうやら、今目指していた方ではない方のボトルが近いと思ったらしく、方向を変えてもう一つのボトルの方に近づいていきます。

　ゴロンと横になる満男選手。ボールを使った腹筋を始めます。いつもの補強運動です。20回ほどを1セットにして、休憩を挟みながら、慣れた手順で続けていく満男選手。休憩時間中は、横になったまま練習を見ています。補強運動がフルセット終わっても、続いている攻撃練習。満男選手は、のんびりと眺めます。

　名良橋選手は、ただ見ているだけに飽きたのか、手袋をグローブに替えてゴールマウスに立ちますが、コーチに止められたのか、すぐに止めてしまいます。

　満男選手は、練習見学にも退屈したのか、立ち上がるとボールを蹴りながら、ゴールの向こうの柵の方に歩いて行きます。身長よりかなり高い柵に手をかけて、しばらく柵の間から海の方を眺めていた満男選手、何を思ったのか、おもむろに、柵に足をかけてよじ登り始めます。柵といっても、20センチくらいの間隔に細い棒が並んでいるようなもの。柵の間からでも、十分に向こうは見渡せるはず。しかも、向こう側は崖だから、ちょっと高いところに上ったたくらいで、眺めが変わるはずもないと思うのですけど。

　ちょうどいい高さのところに横に渡った柵の棒に足をかけると、柵の上に顔を出して向こうを眺める満男選手。股を開いて棒の上に足を乗せ、手を柵の上にかけたその姿は、遠目には、好奇心の強い小猿。とても一家の主とは思えない姿です。

　そのあまりに暇そうな満男選手の様子に気づいたのか、マネージャーさんの長石さんが側にやってきます。柵を下りた満男選手は、その場で、しばらくのあいだ長石さんと立ち話。ようやく練習が終了して、話しながら上がってきます。

　ベンチの横を通って、シャワールームに向かおうとした満男選手は、2人組の日本人の女の子に声をかけられます。求められるままにサインの要求に応える満男選手。表情は動かしませんが、どうやら、いくつかのサインをしているようです。

　サインが終わると、シャワールームに向かう満男選手。記者の方に話しかけられ、簡単に答えると上がって行きました。

　ホテルに帰ると、TVではW杯の記念番組が行われていました。ちょうど、W杯100日前の練習光景でした。